月末・・・そして山梨へ

3月は年度末も相まって、ポスティングも行政からの依頼をこなす一方、光触媒もまま忙しかったのですが無事に終了しました。
そして年度初めの4月、縁故でご依頼いただいた山梨石和の旅館からご依頼があり、施工をしてきました。
ご依頼の部屋は全部で12部屋でした。
9時から施工を開始して、お昼過ぎには終了しました。そのまま帰っても良かったのですが寄りたいところがあったので高速を使わずに下道で。
父が上京するまでは、代々山梨の人間で、当然ながら自分の出自も山梨と認識しています。先祖を遡ると本当かわかりませんが清和源氏の流れで源清光が始祖で、武田家に仕えていたらしい。清和源氏というのは眉唾ですが武田家に仕えていたのは本当のようです。武田崩れのあとに帰農したようです。というわけで、昔から武田からみのことには興味があり、近年見直されている

武田勝頼

にも興味があり、武田勝頼の墓所である景徳院に一度行ってみたいと思い行ってきました。武田というとどうしても武田信玄となり、武田神社が観光地になりますが、武田勝頼についてももっと注目されてもいい武将と自分は思っています。

景徳院は山間にひっそりとあるお寺でした。
お墓は中央に武田勝頼・右が北条夫人・左が武田信勝

勝頼辞世の句
おぼろなる月もほのかに 雲かすみ はれてゆくえの 西の山の端

北条夫人辞世の句
黒髪のみだれたる世ぞ はてしなき 思ひに消ゆる 露の玉の緒

信勝辞世の句
あだに見よ 誰も嵐の桜花 咲き散るほどの 春の夜の夢